株式会社 廣文館
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広島在住のジャーナリストによる “書評”コーナー!
「書物の魅力」を 月1回のペースでお届けします。 |
ザ・ジョーカー / 大沢 在昌 著
(講談社・1,700円) |
「事実は小説より奇なり」とよく言われる。米国マンハッタンの貿易センタービルに飛行機2機が突っ込んだ同時中枢テロ、看護婦4人の保険金殺人事件、オウム真理教の地下鉄サリン事件などは、まさに信じられないような事件である。小説家にはつらい世の中かもしれない。
だが、「ザ・ジョーカー」を読むと、そんな心配はいらないと思った。1人の男を主人公にしたハードボイルドの連作だが、「巧い」のである。その象徴が、収録作品6編の書き出しだ。
「ひどい雨だった。」(雨とジョーカー)、「駅を降りたときから後悔が始まっていた。」(ジョーカーの後悔)、「バーに入ってきた客はどこかの大学の講師のように見えた。」(ジョーカーと革命)、「風が強いというのに、妙に生あたたかな晩だった。」(ジョーカーの伝説)。
さりげない表現なのに、すっと小説の世界に入っていける感じである。私自身、文章を書く時、書き出しに一番気を遣う。書き出しがうまく決まらないと、前に進めない体験をいつも味わっている。
着手金は100万。仕事は「殺し」以外のすべて―これが闇に生きる男「ジョーカー」の仕事である。「ジョーカー」という通り名の意味がまたいい。「ジョーカーはつながらない数と数のあいだを埋めるのに使う最後の切り札。使われたあとは用はない。そこに捨て置かれるか、別の人間が使う」。なんともオシャレでカッコイイ。
大沢在昌の作品を最初に読んだのは、20年前になるだろうか。「感傷の街角」「漂白の街角」から始まり、「アルバイト探偵(アイ)」シリーズ、そして「新宿鮫」シリーズ。六本木や新宿の「街」が描かれている。街に生きる人が描かれている。それが、読む人を引き付けるのだろう。「ザ・ジョーカー」は新しいヒーローの誕生である。シリーズとして、次が早く読みたい。
彼の作品はかたっぱしから読んだ。読み始めたら、あっという間に読んでしまう。そんなに重く残るものはない。だが、また彼の「乾いた文章」を読みたくなる「乾き」を覚えるのである。 |
【ジャーナリスト・枡田勲/2002.05.30 】 |
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