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コラム・ブックレビュー
広島在住のジャーナリストによる “書評”コーナー!
「書物の魅力」を 月1回のペースでお届けします。

博士の愛した数式
(小川洋子著、新潮文庫・438円)

 昨年11月、松本清張原作の映画「砂の器」を久しぶりに観た。1974年に映画化された作品。古い画像と音響を修復したデジタルリマスター版による再上映である。

三回目になるが、また涙があふれてしまった。この作品には想い出がある。映画完成から9年後の83年、島根県奥出雲町の亀嵩に「砂の器」記念碑が建立され、その除幕式を取材した。松本清張のほか、映画監督の野村芳太郎、出演した丹波哲郎、緒方拳が参列。清張が「映画は原作を超え、観客に感動を与えた」とあいさつしたのである。

「原作を超えた」と原作者が言う映画はほとんどないのではないか。先日、映画「博士の愛した数式」を観た。その後、書店で求めて原作を読んだ。見方はいろいろあるだろうが、映画は原作に劣らない出来栄えだと思った。全編がやさしさに包まれていて、安らぎを感じた、というのが感想である。信州・上田で撮影したという風景もやさしかった。
とはいっても、原作もスーッと読めて、それなりに心にしみる佳品だと思う。主人公は、交通事故の後遺症から80分しか記憶を保てない天才数学博士。博士のもとに家政婦として通うシングルマザーとその息子との、心の通い合いを淡々とつづる。素数、完全数、階乗、√(ルート)など数字の美しさが、この本を読んでいると納得できる。

筆者の小川洋子さんは、この小説を書く前に数学者の藤原正彦さんを取材した。2人の対談集「世にも美しい 数学入門」(ちくまプリマー新書)も合わせて読むと、さらに数学に対する見方が深まってくる。

「数学は役に立たないから素晴らしい」。もう一度昔に戻って、数学が好きになりたい。そんな思いにさせる一冊だ。
【ジャーナリスト・枡田勲/2006.02.24】


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