久しく積読のままにしていた藤村信氏の「新しいヨーロッパ 古いアメリカ」を手に取った。中日・東京新聞のパリ駐在客員である氏が両紙のコラム「ヨーロッパ展望台」に、1999年夏から2003年夏にかけて書き送ったエッセイをまとめている。95年の「ヨーロッパ十字路」、99年の「ヨーロッパ天変地異」(共に岩波書店)の続編である。
いったん読み始めたら最後まで読みふけってしまった。頭にすっと入ってくる達意の文章や、感心するほどの博識さのせいだけではない。2001・9・11を挟みバルカン戦争、アフガン戦争、イラク戦争と続いた激動の時代と、その本質を著者が時間の制約の大きい新聞コラムの中でいかに深く洞察していたかがよく分かったからである。
文芸評論家の斎藤美奈子さんが、文春文庫で出した自分のコラム集「あほらし屋の鐘が鳴る」(2006年)の前書きで言っている。「このコラム(注、斎藤のコラム)が連載されていた1996〜99年は、悪く言えば退屈な、よくいえばまだしも平和な時代だった。当時の首相は自社さ連立内閣の橋本龍太郎、米大統領はビル・クリントン、東京都知事は青島幸男だった。といえば、その「退屈/平和」さ加減が理解してもらえるだろう。小泉純一郎(首相)+ジョージ・ブッシュ(米大統領)+石原慎太郎(東京都知事)という攻撃的なカードが出揃うのはまだ先で、ふりかえれば『嵐の前の静けさ』だったようにも思われる」と。
本書はまさにその「嵐の時代」のコラム集である。9・11を境にして世界は大きく変わった。冷戦終結に伴うバラ色の「期待の十年」は終わり、政治も経済も原理主義がはびこる時代になった。本書はそんな時代にあって軍産(軍部と軍事産業)複合体が国を動かし、戦争を引き起こしていくアメリカの姿と、そのアメリカに引きずられながら抵抗するヨーロッパの姿を解き明かしている。
著者は本書の前書きで言う。「わがジャーナリズムは現在おこっている出来事についての歴史叙述でなければならないと考えております。現在史の歴史家として、後代の歴史家から嗤われるような文字は書きたくないと覚悟してきました」。ジャーナリストのはしくれとして心に刻み込んでおきたい言葉である。
藤村信、本名熊田亨氏は昨年夏、死去した。新しいヨーロッパは今、フランス大統領選の真っ最中。イギリスのブレア首相も近く政権を降りる。私たちは「世界はアメリカだけではない」という道を本当に見つけることができるのか。「ヨーロッパ展望台」をもっともっと読みたかった。 |