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コラム・ブックレビュー
広島在住のジャーナリストによる “書評”コーナー!
「書物の魅力」を 月1回のペースでお届けします。

越境の時 1960年代と在日
鈴木道彦著(集英社新書・定価700円+税)

1960年代とはどんな時代だったのか。敗戦後、サンフランシスコ講和条約、日米安保条約を結び国際舞台に復帰した50年代を経て高度成長期に入っていった時代。旧安保条約改定、いわゆる60年安保でスタートしたこの10年は、私には前半の「60年安保世代」と、後半の「大学紛争・70年安保世代」に分けて考えたほうが分かりやすい。しかし、この10年を通じて言えるのは戦後民主主義の日本が根付き、葉を繁らしていった時代ということではなかろうか。

1929年生まれの本書の著者は60年安保を少壮の学者として迎えた。私にとって氏はプルースト、サルトルの翻訳家、研究家といったイメージが強かった。学究の人と思っていた。それだけに本書で回想している在日にこだわり続けた著者の若き日の姿は思いがけなかった。本書を読んでいると、プルースト、サルトルの研究家として、二人を自分の生き方にしてしまったところを感じる。フランスの植民地アルジェリアに対するサルトルの思想は、日本人である著者にとって朝鮮、在日の問題としてダブっている。

―「良い植民者がおり、その他に性悪な植民者がいるというようなことは真実ではない。植民者がいる、それだけのことだ」(サルトル・「植民地主義は一つの体制である」 44p)といった言葉が著者を活動に駆り立てたようにも思える。プルースト、サルトルから始まった著者の思索は在日におよび、小松川事件(1958年)の「日本のジュネ」李珍宇につながり、寸又峡に立てこもった金嬉老事件(1968年)につながった。本書を読むと派手派でしく表舞台には出なかったが、1960年代を誠実に生きた日本の知識人の姿が浮かび上がってくる。

―「私にはまったく違ったプルーストの本質が見えてきた。彼の小説は、一見『私』の意識に閉じこもっているように思われるが、実は作品の創造を通して自己を乗り越え、他者に開かれてゆく過程を描いたものであること、他者との魂の交流を求めるものであることが、徐々に理解されてきたのだ。いわばそれは、自分でありながら同時に普遍的で他者にも通じるものを作り出そうとする努力であり、他者の自由に呼びかけ、他者の自由によって救われようとする企てでもあった」(13p)という他者との交流を著者は「越境の時」とした。

著者はこうも書く。少し長いが引用する。

―1976年に対策委員会(金嬉老公判対策委員会)が解散した後、私はしばらく虚脱状態で過ごした。8年半にわたる運動への参加は、長くもない人生の中でけっして短いとはいえない期間だが、問題は長さだけではない。その間に私たちをとりまく空気は一変し、かつてはあれほど威勢のよかった諸セクトや全共闘運動は壊滅して、ほとんど存在しないに等しかった。68年に始まった私たちの運動は、彼らの急速な崩壊過程を目のあたりにしながらも、裁判を通して一つのことを主張しつづけていたのだから、周囲の変化とは無関係に、一貫して60年代の延長線上を歩んでいたようなものだ。こうして委員会の仕事が終わったとき、私には自分たちが70年代半ばの日本社会に取り残された別世界の人間のように思われた。(230p)

68、69年の大学紛争の時代を駆け抜け、あの時代から何か刻印を押されているように思いがちな「団塊世代」には耳の痛い言葉である。著者はこのときから沈黙を守り、ひたすらプルースト研究家としての道を歩んだ。その著者がなぜいま本書を著したか。あとがきに書く。

―その意味で、私たち日本人は「戦後責任」を果たしてこなかった。現在この国で目にする政治やメディアや世論の頽廃は、その戦後史が作りだしたものだ。このような傾向は、たぶん当分のあいだ変わることはないだろう。ただそのような無反省史観の作ろうとする醜悪な「美しい国」の陰で、それに同意しない人も少なくないだろう。そうした人たちに、1960年代にはあまり知られていないこんな側面もあったことを伝えるのは、その時代を生きた者のささやかなつとめかもしれない。そう思って私はこの回想記を書いた。(247p)

60年安保改定の当事者の孫が「美しい国」を唱え、「戦後レジームとの決別」を言う時代である。60年代を誠実に生きた著者たちにとって今、この国がどこへ向かっているのかたまらないほど心配なのは当然すぎるほど当然だろう。

【ジャーナリスト・小野増平/2007.06.26】


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