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株式会社 廣文館
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コラム・ブックレビュー
広島在住のジャーナリストによる “書評”コーナー!
「書物の魅力」を 月1回のペースでお届けします。

「悪人」
吉田修一著(朝日新聞社・1800円+税)

朝日新聞に2006年3月24日から2007年1月29日まで連載された同名の新聞小説。2007年の毎日出版文化賞のほか、朝日新聞社主催の大佛次郎賞も受賞した。それほどおもしろい小説かと、つい書店に平積みになっている420ページの本に手が伸びた。

新 聞連載中は読んだことがなかった。長いこと新聞記者をやってきたが、新聞小説にはとんと興味が湧かなかった。唯一、記憶に残っているのは高校時代に読んだ 石坂洋次郎の「光る海」。毎日、下宿で朝食を食べながら読むのが楽しみだった。以来、おもしろい新聞小説にはめぐりあってない。

本書は携帯電話を使った出会い系サイトで結ばれた男女の物語。メールのやりとりだけの男たちと放埓なセックスを楽しむ保険外交員の若い女性が殺される。物語はこの殺人事件の犯人の土木作業員の逮捕から始まる。

従っ て本書のテーマは犯人探しではない。犯人の若く寡黙な土木作業員がなぜ事件を犯したのかを解き明かすことと、犯行後の逃避行が主テーマである。作業員は犯 行後、これまた出会い系サイトで知り合った別の女性、紳士服量販店の店員とわずかな間の逃亡生活を続ける。殺伐とした現代社会の片隅で、満たされない心を 抱きながら生きてきた3人。何かを求める気持ちから開いた出会い系サイトで、その3人の人生の糸がもつれ1人は被害者に、残る2人は加害者とその愛人に なっていく。クライマックスは逃避行の中で織り成す犯人と愛人の心模様。それまで淡々と進んできた物語が一挙にアップテンポになる。片時も離れるのが苦し いほど好きになった2人。最後は廃屋となった灯台の管理小屋で迎える。

読んでいてしばらく前に読了した奥田英朗の犯罪小説「最悪」を思い出した。「最悪」も社会の片隅で懸命に生きる無縁の3人の人生が交差したとき運命は銀行強盗という犯罪に向かった。よく似た構成である。
しかし、読後感は大きく違った。「最悪」が人間の卑小さを徹底的にえぐってやりきれない気持ちにさせられたのに比べ、本書には救いがあった。犯人と愛人を はじめとした登場人物たちの、せつないけどいじらしい心がそうさせたのだろう。優れた小説とは読者に何らかのカタルシスを与えるものである。その意味でも 本書は単なる犯罪小説を越えた作品になっている。

【ジャーナリスト・小野増平/2007..12.28】


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