バラク・オバマ。数カ月前まで日本人で、この名前を知っている人はわずかだったろう。今では知らない人の方が少なくなった。米大統領予備選の民主党候補の指名争いで、快進撃を続ける著者が1995年に出版した「Dreams from My Father A Story of Race and Inheritance」(わが父から受け継いだ夢の数々 人種と遺産の物語)の翻訳だ。日本語版のタイトルは「マイ・ドリーム バラク・オバマ自伝」とわかりやすい。
バラク・オバマとは何者なのか。本書を読めばその輪郭はつかめる。出生地はハワイ。米国人の白人の母と、ケニア人の父の間に生まれた。大学生だった両親はまもなく離婚し、インドネシア人の二人目の父と小学校時代の大半をジャカルタで過ごした。中・高校時代は再び母方の祖父母の住むハワイで送り、大学はロサンゼルスのオキシデンタル・カレッジからニューヨークのコロンビア大学へ。卒業後はシカゴで社会福祉活動をしたあと、再び学究としてハーバート大学の法科大学院に入学。修了後、シカゴで人権派弁護士として活躍、イリノイ州議会議員に選ばれ、本書を再版した2004年には同州選出の合衆国上院議員となった。
「自分はどこから来て、何者なのか」。白人でもなく黒人でもない。米国の黒人と肌の色は似ているが、ケニア人で「プロフェッサー」となった実の父は複数の米国人とケニア人の女性を妻にした男。労働者階級出身の母方の白人の祖父母は米国カンザス州出身で夢を抱いてハワイにたどり着いたものの、暮らしは裕福とは言えなかった。「自分のふるさとはアフリカなのか、米国なのか」。本書は原題の通り最初から最後まで「自分の夢」でもある「父の夢」をたどり、生い立ちと人種の問題に苦しみ続けた青年の物語だ。自分探し、「巡礼の旅」で初めてケニアに眠る父の古里を訪れたオバマは墓の前で言う。
「ついに私の人生の輪が完結したのだ。自分が誰なのか分かり、自分にとって大切なものは、もはや知性とか義務といったことではなく、言葉で表現できるものでもないということに気付いたのである。黒人としての生活、白人としての生活、少年時代に感じていた捨てられたという感覚、シカゴで目撃してきた挫折や希望など、アメリカでの私の人生はすべて、海のこちらにあるこの小さな土地と繋がっていて、その繋がりは、私の名前や皮膚の色なんかより、もっとずっと深いものだったのだ。そして私が心に感じた痛みは、父の痛みでもあり、私の疑問は、きょうだいの疑問だった。彼らの苦悩は、私が生まれながらにして受け継いだものだったのだ」
13年前、本書にこう書いた著者は4年前の民主党大会の演説で「黒人のアメリカも、白人のアメリカも、ラテン系、アジア系のアメリカもない。ただアメリカ合衆国があるだけだ」と高らかに述べる。
この複雑な出自を持つアフリカ系アメリカ人が合衆国第44代大統領になったら米国と世界はどんな変化をみせるのだろう。だれがなろうと産軍複合体の米国の根本構造を変えない限り本当の変化はない。その不動とみえる構造を切り崩して行く可能性はあるのか。今回の米大統領選にはそんな一歩への希望を託せるだけの「夢」がある。 |