書店で本書を見て正直、少し驚いた。競馬シリーズで日本でも多くのファンを持つ著者のディック・フランシスは、長い沈黙の末に一昨年の2006年に 「再起」を発表し、ファンを安心させたばかりだからだ。妻を失い、創作意欲を失ったといわれたディック・フランシス。いくら元気になったとはいえ、「ピッ チが早過ぎないか」と思ったら訳者あとがきを読んでなぞが解けた。本書は息子のフェリックス・フランシスとの共著だったのだ。
それで色んな疑問が氷解した。主人公がシリーズでかつて登場したこともない若手の料理人のマックス・モアトンであること。テロ、インターネットといかにも 現代的な道具立てが無理なくストーリーにまぶされていること。想像するにこのあたりは、父親のディックの手によるというより息子の発想のほうが大きいので はないだろうか。それでも本書はディック・フランシスの競馬シリーズに間違いない。
競馬場の大パーティで起きた食中毒事件から始まる物語は、同じ競馬場で起きる爆弾テロにつながる。犯人探しの間中、命を狙われるマックス。彼と恋仲になり 一緒に犯人探しに奔走するヴィオラリストのキャロラインとのロマンス。競馬の代わりにポロが登場するのはいかにも息子との共著らしいが、ストーリー展開は 競馬シリーズの骨格そのもの。安心して読めるというものの、オーソドックスすぎて物足りない読者もいるかもしれない。
あとがきによると息子のフェリックス・フランシスは、「再起」でも資料集めなどを手伝ったという。出版社の勧めもあって本書からいよいよ共著者として登場 した。読者にとって見れば競馬シリーズをまだ、しばらく読み続ける楽しみが出てきたと積極的に評価できるのかもしれない。反対に過去の作品の焼き直しばか り読まされるのでは、という恐れがないでもない。熱心なファンの一人とすればもちろん前者であることを願うのだが…。 |