作品とすれば2006年3月の刊行だから少し古い。しかし、小ぜわしく、世事に追われる日々の中で息抜きにと手にとって読み始めたら結局、夜を徹してしまった。寝不足のまま目をしょぼつかせながら仕事をする破目になった。
ハードカバーの単行本で400ページも500ページ、400字詰めの原稿用紙で1000枚以上もないと小説ではないといった風潮の昨今。表題の「第三の時効」を含めて6編の短編からなる本書は、藤沢周平の短編集現代版を読んでいるような気分である。警察小説といった点からは「鬼平犯科帳」の池波正太郎にたとえるべきなのかもしれないが、巧みな心理描写と、練り上げられた文章は藤沢周平の世界の方が近いと思うのは評者の勝手な思い込みだろうか。
物語は6編ともF県警捜査1課が手がける事件である。短編集でありながら全体を通しての流れもある。捜査1課長の田畑の下にがん首をそろえるのは強行班捜査1係班長の朽木、2係班長の楠見、3係班長の村瀬。3人が3人とも強烈な個性の持ち主である。課長や部長をものともせず捜査に打ち込む。第1話「沈黙のアリバイ」は朽木班、第2話「第三の時効」は楠見班、第3話「囚人のジレンマ」は田畑以下、1−3班すべて、第4話「密室の抜け穴」は村瀬班といった具合に主役が入れ替わって6話が展開する。
推理小説としての謎解きも不自然さがない。部下の刑事たち、容疑者の心理を織り交ぜながら、スムースに話が進む。ストーリーテラーとしての作者のレベルの高さが際立つ。推理小説、警察小説、冒険小説、時代劇小説などは“つくりもの”を楽しむ世界である。虚実皮膜の職人の世界である。名人芸に近いあざやかな短編集を読む楽しさ。最近では、「藤沢ワールド」以外に出会えなかった。
政治も経済もねじれたうえに、経済効率性だけが幅を利かせる時代にうんざりしたとき。“つくりもの”の世界に遊びたいと思ったとき。そんなときのお勧めの一冊である。 |