タイトルに「弥陀」があり、著者の名前が「尊麿」。いささか抹香臭い。
もちろん「わけ」がある。著者は呉市蒲刈町(上蒲刈島)のお寺の息子で、医師である。小説だからフィクションではあるが、舞台が瀬戸内海の小島、主人公は「主のいない寺の跡取り息子」となれば、著者とだぶる部分が多い(実際は次男坊で島のお寺は兄である長男が跡を継いでいるが)。
その主人公が、過疎地の島に帰って、地域医療に駆け回る姿を描いている。著者は、長野県佐久総合病院で若月俊一の薫陶を受け、淡路島の五色町で保健・医療・福祉を統合したきめ細かい在宅医療や訪問看護の「在宅ケア」システムづくりに力を注ぎ、全国から注目を浴びた医師である。その時の実践を、故郷の小島を舞台に小説仕立てにしたのがこの作品である。
専門書は何冊も上梓しているが、小説は初めてである。「専門書によるあるべき論では専門職のなかだけの議論に供することになり、地域や共生について一番考えてほしい一般の人たちに伝わらないのではないかと思った」のがきっかけである。
小説では、幼なじみや恩師らと一緒に、お年寄りたちの悲惨な生活に立ち向かい、みんなが支え合う「むら」の再生を目指していく様が描かれている。それが、現在の介護保険によるサービスの課題、医療・看護や地方行政への鋭い問いかけにもなっている。そして、最後の一節が島の未来を暗示するようだ。
「年寄りさえいない家々がたたずむ集落には、ムラの姿は消え失せ、舞い戻ってきた仏たちが、峠に舞う風の中でざわめいている」
文章は方言を交えながら、軟らかくて分かりやすい。故郷と幼いころのノスタルジーを基調にしながらも、厳しい医療の現場だけでなく、恋もある、ほろっとさせる場面もある。一気に読んでしまった。
テレビドラマになった「ドクターコトー」のモデルである鹿児島県上甑島の瀬戸上健二郎医師は、著者と一緒に離島医療を取り組んできた仲だ。その彼が推薦文を寄せている。
「地域医療を担ってきた同志が書き下ろした感動の物語。限界集落に生きる人々の切ない抗い。今、失われているものが、そこには篤く息づいている」 |