ときどき無性に小説が読みたくなることがある。単調だけどストレスの多い日常にうんざりしたときなどだ。そんなとき、いい小説にめぐり合うと、また日々の生活に立ち向かって行く活力を吹き込んでもらえる。この「望郷の道」もそんな小説だった。上下2巻で700ページという長編だが、2、3日読みひたってしまった。
時は日清戦争が終わり、日露戦争が始まろうかというころ。北九州・筑豊炭田の石炭を運ぶ遠賀川の川筋者、小添正太は佐賀県内に江戸時代からの賭場をもつ藤家の一人娘で跡目を継いだ藤瑠(ふじ・るい)を見そめ婿養子となる。瑠の左肩には鮮やかな緋鯉の彫り物が入っている。娘一人で藤家を継ごうと決意したときに入れた。その瑠も正太に心を奪われる。正太は胆力、腕力もある反面、合理主義者でもあった。小額の賭場を開き、昔からの藤家の賭場と合わせて大きくしていく。自然、近辺の賭場と摩擦が生じる。
正太は屋号をそのままにして自分の店としていた金貸し「佐倉屋」を乗っ取られる。仕掛けたのは隣町で賭場を開く遠野征四郎。日本刀を提げ遠野を殺しに行く正太は途中で止められ、所払いとなってしまう。家族を捨て一人台湾へ行く正太。瑠は藤家を守ろうとするが結局、正太のあとを追いかける。日本の植民地化が始まったばかりの台湾で二人は新たな人生を切り開いて行く。春、桜吹雪の中、藤家に婿養子としてやってきた正太と、舞い散る花びらの中で正太を迎えた瑠。その二人の望郷の思いは…。
あらすじを書いていると顔が赤くなるほどかつての東映のやくざ映画である。着物姿で日本刀を提げ一人、殴り込みをかける高倉健と、もろ肌脱いだ緋牡丹お竜の藤純子の姿がダブる。
「よかぞ、瑠。ばってん、泣いたらいかんとよ。笑いんしゃい」「ばってん、止まらんと」
会話はすべて九州弁である。かつての日本にあったかもしれないと幻想を抱かせる「男と女」の姿を描くのにこの九州弁は実に効果的だ。作者の筆が生きているからだろう。
原作は日本経済新聞に2007年8月6日から2008年9月29日まで連載され好評だったという。厳しい市場経済の中で、身をすり減らしながら闘い続けている日本のエリートサラリーマンたちが、胸を躍らせながらこの小説を読んだのは、なんとなく納得できるものがある。 |