27、8年も前のことになる。中国山地の奥深い島根県の亀嵩に石碑が建立された。そのとき、碑の前で挨拶したのが作家の松本清張さんだった。清張さんは「原作を超える映画はほとんどないが、この映画は原作を超えている」と最大限の賛辞を贈った。
小説「砂の器」が映画化されて大ヒットし、作品の舞台になった亀嵩に記念碑ができたわけである。原作を読んで映画を観たが、清張さんが言っただけのある傑作だ。そして、あの分厚い唇から発した清張さんの言葉が今でも鮮明に思い出される。
映画「八日目の蝉」は、主人公の2人(希和子と薫)を永作博美さんと井上真央さんが演じて話題になった。原作を超えた映画かどうかは分からないが、映画の話題につられて原作を手にし、一気に読んだ。
赤ん坊を誘拐して、逃げる。エンジェルホームという集団生活をする団体に逃げ込み、そこから名古屋へ、女にかくまわれながら小豆島に。先の見えない逃亡生活。それでも、小豆島は、偽りの母子とってつかの間の楽園だった。瀬戸内海の島育ちの私には、小豆島の風景や人情が懐かしい。
小豆島の逃亡生活も、一枚の写真によってピリオドを打つことになる。本の表紙にコピーが載っている。「優しかったお母さんは、私を誘拐した人でした」。これがすべてを表現している。後半は、実の親元に帰ってもなじめず、苦悩する主人公が描かれる。
最後の海の場面。薫がフェリー乗り場から小豆島に渡ろうとする。フェリー乗り場の売店で働いている希和子が薫とも知らず眺めている光景で終わる。その余韻がいつまでも続いている。角田光代さんの作品はそんなに多く読んではいないが、抑制された文章が私の琴線に触れた。私だけではないだろうが。
池澤夏樹さんの解説の中に「育児の快楽」を記している。新生児を風呂に入れる。離乳食をスプーンで小さな口に入れる。おしめを換える…。私も最近その快楽を経験したので、池澤さんの解説に「その通り」と思わず手を打ったのを加えておきたい。
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