三浦しをんさんの作品に初めて接したのは、直木賞受賞作の「まほろ駅前多田便利軒」だった。本屋を散策していて、たまたま目に付いたので買って読んだ。ちょっと不思議な世界に入りこんだ感覚があったのを覚えている。
この本も、著者が「本屋大賞」を受賞した、というPRにつられて手にした。文楽の道を究めんと精進している若手太夫の笹本健太夫を描いている。私は文楽を観たことがない。文楽の知識がないのに、読めるのだろうかと思ったのは杞憂だった。読んでいくうちに、必要な事柄は分かっていった。
「高校の修学旅行で人形浄瑠璃・文楽を観劇した健は、義太夫を語る太夫のエネルギーに圧倒され、その虜になる」と本の帯にある。健は、高校を卒業後に文楽の道を志して12年。若手といっても30歳になる。
師匠の銀太夫は80歳。義太夫を極めるため、情熱を傾けるが、目指す高みは遥か遠いところにある。厳しい稽古に耐え、芸に悩む中で、ある女性に恋をする。芸か恋か悩むが、人を愛することで義太夫の肝をつかんでいく、というストーリーだ。
文楽の家に生まれ、幼い頃から手習いを始めて70年の師匠は、芸は孤高だが自由奔放でわがまま。一見理不尽な師匠に仕えながらも、健は一度も文楽の道から気持ちが離れない。それほど文楽の世界には魅力があることを感じさせられる。
文楽の知識がない私でも、ぐいぐいとその世界に引っ張り込まれる。だが、文楽を良く知っていれば、この本はさらに興味深くなるに違いない。文楽の公演をぜひ観たいと思った。そう思わすのがこの著者の筆力なのだろう。
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