瀬戸内海の白綱島を舞台にした、6つの短編集である。白綱島は作者の生まれ育った因島をモデルにしたことは明白だ。地元の人たちはどんな思いで読むのだろうか。
どの作品にも通じて描かれているのは、島に生まれ育った人々が織りなす「こころのひだ」である。狭い島には、濃厚な人間関係があり、都会の人が理解できないような日常がある。島を出た人、島に残りたくて残った人、島を離れたくても離れない人、島に戻りたくても戻れない人…さまざまな思いが交錯する人たちがいる。
「みかんの花」は、都会に出て成功し、故郷に帰ってきた姉に対する島に残った妹の複雑な心情がつづられる。故郷に錦を飾った人物は「雲の糸」にも出てくる。本土での成功者は島の自慢であるとともに、島を出た人、残った人の葛藤が渦巻く。日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞した「海の星」と、最後の「光の航路」は、父親を喪失した男たちが主人公だ。残された少年が大人になって、父の本当の姿を知る物語である。
6つの作品とも、濃厚な人間関係による生きづらさが浮き彫りにされている。やるせないような短編集だが、「光の航路」に収めた言葉が救いである。白綱島は造船の町で知られ、かつて進水式が多くあった。「あれらの船に声援を送る者はいない。だけど、どの船も皆、今日の進水式の船のように、大勢の人から祝福されて海に出たんだろうな」
島には大きな吊り橋が架かり、本土とつながっている。故郷の活性化を担ったはずの橋は、田舎から都会へ人々を奪っていく通路になった。瀬戸内海の島々は今、いずこも過疎高齢化の波が押し寄せている。
著者の思いは、本の帯に凝縮されているようだ。「愛すること、憎むこと、赦すこと、そして――闘うこと。」。因島よりもっと小さい瀬戸内の島に生まれ育った私には、その思いがよく分かる。それだけに、懐かしさよりも切ない思いを感じながら読んだ。いやなところもいっぱいあるが、故郷はやっぱり忘れられない。望郷。
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