生命とは何か? 皆さんは定義できますか。残念ながら私は答えに窮してしまう。20世紀の生命科学が到達したひとつの答えが、「自己複製を行うシステム」という。そういわれても、まだピンとこない方がほとんどではないか。
遺伝子の本体は、デオキシリボ核酸(DNA)という化学物質である。このDNAという自己複製分子の発見をもとに、私たちは生命をそのように定義したのだという。らせん状に絡み合った2本のDNA鎖は、他を相補的に複製しあうことによって、自らのコピーを生み出すのである。
著者は、NHKの教育テレビでもお馴染みの青山学院大教授。テレビの番組でみんなの疑問を実に分かりやすく答えていた。いったいどんな先生なのだろうかと思っていたが、この本を読んで納得した。専攻は分子生物学。DNA構造の解明によって、神の領域とみられていた生命体のなぞが次々と明らかになっている。それを研究するのが分子生物学だ。その研究の歴史と問題点や課題を実に面白く、興味深く記している。
もちろん、専門的な言葉がたくさん出てくるので、わからない部分も多い。それでも読み始めたら止まらない。本の帯に「極上の科学ミステリー」とキャッチフレーズがあるが、まさにその通りである。
著者は京都大を出て、ニューヨークのロックフェラー大やハーバード大医学部で研究員をしていた。こんなエピソードも書いている。ロックフェラー大で20世紀初頭、野口英世が23年間研究をしていた。彼の業績である梅毒、ポリオ、狂犬病、あるいは黄熱病の研究成果は当時こそ賞賛を受けた。しかし、数々の病原体の正体を突き止めたという野口の主張のほとんどは、今では間違ったものとしてまったく顧みられていない。ロックフェラーのキャンパスではほとんどその名は忘れ去られている。 ところが、日本ではいまだに偉人伝像が半ば神格化され、お札の肖像画にまで祭り上げられている、というのだ。
野口のエピソードは、研究者の一ページに過ぎない。この本の中身を紹介するのは、なかなか難しい。的確な書評になりそうにもないので、まずは読んでもらうしかない、ということにする。分からないところは読み飛ばして前に進めば、科学ミステリーの深遠な世界に誘い込まれるであろう。生きているということは、不思議なことだ、とつくづく思わせてくれる著書である。
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