最近、初めて読む作家の作品が多いが、「約束の森」もその一つである。著者の作品「償いの椅子」がベストセラーになったことすら知らなかった。書店で文庫本を眺めていたら、たまたま表紙の中に描かれている「ドーベルマン・ピンシャー」が目に留まったのがこの本を手にした理由である。犬は好きな方なので…。
装丁で予想はしていたが、ハードボイルドの範ちゅうに入るのだろう。主人公は元警視庁公安部の刑事だった奥野侑也。殺人事件で妻を亡くして退職、孤独に暮らしていた侑也にかつての上司を通じて潜入捜査の依頼がある。北の海岸沿いにあるモウテルに勤めながら、見知らぬ人物と3人で疑似家族を演じるという不可思議な設定である。
疑似家族は、若い男女(坂本勇人と葉山ふみ)と一匹のドーベルマン(マクナイト)とインコ(どんちゃん)。劣悪な環境に置かれて人間不信になっていたマクナイトと、同じく人間不信の侑也の紡がれていく「絆」がこの物語の主軸の一つになっている。訓練でマクナイトの能力がよみがえってくる過程を丁寧に描き、愛犬家にも見逃せない一冊だ。
親子と姉弟という形になっている家族も、最初はお互いに心を閉ざして話もろくにできない関係だった。不器用で陰のある侑也と、不幸な生い立ちで傷ついているふみと隼人の言葉のやり取りが、徐々に徐々に中身のあるものになっていく。氷が少しずつ溶けていくような感じで、家族に「絆」が芽生えてくる。硬質の文体に、「どんちゃん」の言葉が一幅の清涼剤にもなっている。
そして、謎の組織スカベンジャーと警察当局の争いに疑似家族が巻き込まれていく。警察公安の権力争いも絡んで、複雑な暗闘が繰り広げられる。先の読めない展開、後半部の強烈な銃撃シーンは圧倒的な迫力だ。
いささか理解に苦しむ場面もあるが、全体的に見れば「沢木ワールド」に引きずり込まれてしまったようだ。「償いの椅子」も是非読んでみたい。
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