若者の活字離れは40年前ごろから言われ始めた。出版不況は年々深刻化している。特定の本に売れ行きが集中して、それ以外はさっぱり売れない。この状況を出版界では「メガヒット現象」というらしい。それにしても、「火花」の爆発的な売れ行きは、いささか異常といえる。7月中旬の芥川賞受賞の発表前までは60万部だったのが、半月で209万部まで増刷されたのである。
「お笑い芸人初めての芥川賞」という話題性が、ひごろ本を買わない層にまで書店に足を運ばせたのだと思う。内容がどうのこうの、という以前である。出版界は、少しでも多くの人に本を手にしてもらうきっかけになれば、と願っている。だが、ちょっとはしゃぎ過ぎの感は否めない。このフィーバーは、一過性のもので終わるだろう。受賞発表のインタビューで又吉直樹さんが「これまでどおり芸人を続け、その合間に小説を書きたい」と冷静に語っていたのが救いである。
生来のへそ曲がりで、話題のベストセラーというとたちまちは敬遠してきた。だが、今回は「何でこんなに」という気持ちもあって早めに手にした。物語はそんなに複雑ではない。若手お笑い芸人の徳永は、破天荒で天才肌の先輩芸人神谷と出会い、「師匠」と慕う。売れない芸人同士の2人が熱い議論を交わし、「お笑いとは何か」を模索しながら、それぞれの道を歩んでいく。
笑いの神髄を議論する2人のやりとりは、それなりに読ませる。「漫才は面白いことを想像できる人のものではなく、偽りのない純正の人間の姿を晒すもんやねん。つまりは賢い、には出来ひんくて、本物の阿呆と自分は真っ当であると信じている阿呆によってのみ実現できるもんやねん」と神谷はいう。芸人として自分の笑いが評価されない失意や焦り、笑わせることの厳しさなどを描き、生きる意味を見つめる。
そんなに分厚くないので、一気に読み終えた。又吉さんの才能は感じるが、とりわけ感動したり、心を揺さぶられたりすることはなかった。プロの作家たちから高い評価を受けているが、「何でこんなに」との疑問には「話題性」という答えが妥当ではないかと思う。お笑い芸人という前書きを外した又吉さんの作品を読んでみたい。
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