この著者といえば、映画にもなった「悪人」が知られている。もともと純文学でデビューし、「パーク・ライフ」で芥川賞を受賞した。人間の心理を描くことが得意な作家である。そんなイメージで読み始めたら、ぶっ飛んだスパイ小説だった。もちろん、嫌いではない分野なので、ワクワク、どきどきしながらページをめくった。
スパイ小説というと、前回の書評「ジェームズ・ボンドは来ない」でも関係するが、イアン・フレミングの「007」シリーズが浮かんでくる。冷戦時代は西側とソ連という分かりやすい敵対関係があった。ボンドは西側イギリスの諜報部員である。冷戦が終わって、スパイ小説は下火になった。しかし、最近は「新冷戦」といわれる国際情勢も生まれている。再び、スパイ小説が脚光を浴びるかもしれない。
この作品に登場する産業スパイは、国や企業に属していない独立した諜報機関の組織だ。情報を入手したら、金になりそうな国や企業に売りつける。舞台は、国際的なエネルギー市場だ。日本の技術者が太陽光発電の高性能なパネルを開発した。その開発を巡って、政治家や企業、中国の多国籍企業、アメリカのCIAなど様々な利害組織が複雑に絡み合うストーリーである。「ポスト原発」という現代的なテーマで、新油田開発やメガ・ソーラーの建設など次世代エネルギーの問題を取り上げていて、なかなか興味深い。
主人公は、冷酷非情だがどこか優しい産業スパイAN通信の「鷹野一彦」である。部下の田岡と共に謀略、疑念、野心、裏切り、味方か敵か読み切れない息詰まる情報戦に巻き込まれる。鷹野や田岡の過酷な生い立ちが、続編の「森は知っている」に出てくるという。となれば、続編を先に読むということも考えられるが、続編が早く読みたいと思う。
ハードボイルドファンなら、間違いなく楽しめる一作だろう。
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