この欄で取り上げた上橋菜穂子著の「鹿の王」が2015年の本屋大賞1位に対し、同2位が西加奈子の「サラバ!」だった。昨年、直木賞を受賞した「サラバ!」を読もうと思って、書店で上下2巻を求めた。その時、目に付いた文庫本も一緒に手にしたのが「ふくわらい」である。前座のつもりでページを開いたのだが、この作家の魔力に一気に引き込まれてしまった。
主人公の編集者・鳴木戸定という名前は、マルキ・ド・サドをもじっている。彼女は幼いころ、紀行作家の父に連れられて尋常ではない体験をする。その特異な体験が彼女の性格に大きく影響し、恋愛も友情も知らず不器用に生きる。定は、小さいころから「福笑い」が大好きだった。大人になっても他人の顔を福笑いに見立てて、頭の中で目や口、鼻の位置を移動させずにはいられない変なクセを持つ。
福笑いとは、ゼロから顔のパーツを作る。定の恋愛や人付き合いなど多くの当たり前のことを、ゼロから考えていくことを暗示している。私たちは世の中の常識を何の疑いもなく「当たり前のこと」と思っているのではないか、と考えさせられる。
必死に言葉を紡ぐプロレスラー「森口廃尊」、破天荒でエゴイストだが愛を語る「武智次郎」らとの触れ合いの中で、定が成長し心を開いていく姿を描いていく。それにしても、登場する人物がエキセントリックすぎて、引いてしまう読者がいるかもしれない。この作品の賛否が分かれるのは仕方がないと思う。
だが、この突き抜けたところが「西加奈子らしい」ともいえる。
「ふくわらい」は河合隼雄物語賞の第1回受賞作だ。同賞の選考委員でもある上橋菜穂子さんが、あとがきで「物語としてか命を持ちえない作品」と評している。「『ふくわらい』は、世界をバラバラにぶっ飛ばす風のような力をもった、稀有な物語なのです」と。この作品に続いて「サラバ!」を読んだ。期待を裏切らない西加奈子ワールドがそこにあった。また一人、全ての作品を読んでみたいと思う作家を見つけた。
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