タイトルを見て、当然のごとく思ったのは「マグダラのマリア」である。新約聖書に出てくるマグダラのマリアは、元々娼婦であったがイエス・キリストによって救われ、聖女になる人物だ。イエスが十字架で磔になって死んだ後、復活した姿を最初に目撃した人と伝えられる。
毎週土曜日の安息日の礼拝に教会へ行き、聖書を読んでいる身としては馴染み深い人物である。この著者の作品は初めてだが、タイトルにつられて、この本を手にした。聖書の世界とどう関係があるのか、というところに興味を刺激されたようである。
主人公の名前が「及川紫紋」、つまり聖書にでてくるシモンだ。もう一人の主人公「有馬りあ」はマリアと呼ばれている。そして、丸弧(マルコ)、与羽(ヨハネ)。何だか違和感もあったが、読み進めているうちに、作者の世界にぐいぐいと引き込まれていった。
東京神楽坂の老舗料亭「吟遊」で修行していた主人公が、料亭で起こった偽装事件を機にすべてを失ってさまよい、逃げ出す。人生の終わりの地を求めて降り立ったバス停が「尽果(つきはて)」だった。そこで、崖っぷちの小さな食堂「まぐだら屋」にたどり着く。食堂を営むマリアに助けられ、そこで働き始める。過去に傷のある優しい人々、心が温まるような料理に紫紋は生き直す勇気を得ていくストーリーだ。
「マグダラのマリア」とイメージがだぶる「まぐだら屋のマリア」は、まぐだら屋のオーナー女将に「悪魔」とまで呼ばれる。許されない恋で悲劇を生み、その贖罪の念で食堂を切り盛りしている過去が次第に明らかになっていく。
「吟遊」の食材使いまわし・食品産地と賞味期限の偽装事件は、実際にあった高級料亭「吉兆」事件がモデルとすぐ分かる。それにしても、まぐだら屋の日々700円の昼定食がおいしそうなこと。特別なものではない新鮮な魚、採れたての野菜が、どんな高級食材よりも「ぜいたく」になることを教えてくれる。この本のもう一人の主人公は、マリアや紫紋が作り出す料理のように思える。
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