児童文学といえば、あさのあつこさんの「バッテリー」を思い出す。1000万部を超える大ベストセラーである。その名の通り、ピッチャーとキャッチャーのバッテリーを組む2人を描いた青春野球小説だ。1巻を読み終えると、すぐに次の巻を求め、全6巻を一気に読み終えた記憶がある。誰にでも青春はある。夢見る時期、喜び、悲しみ、甘酸っぱい思い出、悔恨の情…などなど、思い出すと懐かしさに胸が痛む。年を重ねるうちに、時折り思い出のなかにどっぷりとつかりたくなることがある。
「このごろあたしは人間ってものにくたびれてしまって、人間をやってるのにも人間づきあいにも疲れてしまって、なんだかしみじみと、植物がうらやましい」―こんな書き出しで始まる。森絵都作品には、ある種の寂しさがつきまとっていると感じるのは、私だけではないだろう。彼女の描く子どもたちはその時代の空気を的確にすくいとっている。
主人公は中学生の「さくら」。彼女は、心ならずも親友の梨利を裏切ってしまう。針路や万引きグループとの確執に悩む孤独な日々。万引きをきっかけに知り合った青年「智さん」と過ごす時間が心の拠り所になっていた。その智さんは精神を病んでいき、宇宙船の建造を妄想する。そこに、さくらの同級生、勝間くんが割り込んできて、智さんを救おうとある計画を立てる。「小学校の屋上に真の友4人が集うと月の船がおりたって人類を救済する」という予言が書かれた故文書をねつ造して智さんに見せる。稚拙な計画だが、そこから物語が大きく動いていく。
近所を騒がせる放火事件、級友の買春疑惑もからんで、青春の闇の中を一筋の光を求めて疾走する少女を描いている。とりわけ、さくらたちが小学校の屋上にむかう終盤は迫力に満ちている。
児童文学は子どもたちだけでなく、大人にとってもかけがえのないファンタジーなのである。第36回野間児童文学賞の受賞作でもあるこの青春小説は、夢のようなひとときを与えてくれる作品である。
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