「イトマン事件」の起きた1990年から91年にかけて、世はバブル時代だった。私は、たまたま転勤で東京に在住していて、イトマン事件が報じられる新聞やテレビを注視していたのを思い出す。
不動産事業で損失を招いた中堅商社イトマンが、闇の勢力に取り込まれた事件である。イトマンは絵画取引やゴルフ場開発などの名目で巨額な資金が吸い上げられ、メーンバンクの住友銀行は約5000億円の損失を出した。住友銀行出身の河村良彦・イトマン元社長、伊藤寿永光・同元常務、フィクサーの許永中氏らが逮捕され、有罪判決となった。
バブルを謳歌している日常の裏で、何かが動いていると感じた著者は、「これは日本の金融史、経済史に残る大きな事件になる」と手帳にメモを付け始めた。東京大学を卒業して住銀に入り、大蔵省担当、いわゆる「MOF担」を10年務めた。取締役で退任に、楽天の副社長も務めた。事件の内幕を克明な記録した手帳は8冊。「墓場まで持っていくつもりだったが、事件から四半世紀が過ぎ、記録を残しておくのも自分に与えられた役割の一つではないか」と考えるようになった。
文中には、「〇月〇日、大塚記者と竹橋会館にて」「〇月〇日、日銀の溝田課長と電話」と手帳のメモを載せ、その説明をする形で記されている。当時は住銀の“天皇”と言われた磯田一郎会長、巽外夫頭取の時代。両氏や住銀の幹部、大蔵省の土田正顕銀行局長、日本経済新聞の大塚将司記者ら実名で70人以上が登場する。地上げ屋でヤクザとのつながりもあった伊藤寿永光氏や許永中氏という怪しげな人物に、メガバンク住銀の経営陣が右往左往する姿が生々しく描かれていて興味深い。
MOF担で幅広い人脈を持っていた著者は、大蔵省とマスコミに「内部告発状」を送り、磯田会長を退陣に追い込む。イトマン事件の内幕だけでなく、住銀内部のすさまじい権力闘争もつづられる。保身、裏切り、多数派工作などドロドロとした内部事情をよくここまで暴露したものだ、と感心する。人事をめぐる権謀術策は住銀に限らない。日本の全ての大企業に共通するテーマであろう。人間というものは…と思わざるをえない。
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