ノンフィクション作家・佐野真一の著書に「カリスマ―中内功とダイエーの『戦後』」がある。スーパーマーケット「ダイエー」を創業した中内功氏が描いた作品だ。小さな薬屋から身を興し、全国小売業の売り上げトップまでに上り詰める。「砂の王宮」が、その中内功氏をモデルにしているのは、読んでいてすぐ分かる。
戦後、廃墟の中から復興に向けて大きく動いていた時期、神戸の闇市で薬屋を営んでいた塙太吉が主人公だ。アメリカの進駐軍の御用聞きをしていた深町信介(通称フカシン)の提案に乗って、進駐軍の流した品を売って大儲けする。その資金をもとにスーパーマーケット「誠実屋」を開業する。格安の牛肉を武器に業績を伸ばし、全国展開の道へ邁進していく。
優秀な側近とともに日本一のスーパーを目指し、その野望を実現する塙太吉。スーパー開業には地元商店街の反対運動が必ず起きる。その反対運動や黒い勢力の介入、右腕だったフカシンの裏切り…。日本が経済大国に躍り出る激動の時代に、一代で巨大スーパーチェーンを築いた男を描く経済小説である。
ただ、単なる経済小説ではない。血なまぐさい殺人事件がからむ。中内氏が過去に犯罪スキャンダルがあったという話も聞いたことがないので、単なるモデル小説でもない。後半、スーパー開業に反対する男が、愛人との子だということが分かるという、思わぬ展開も待っている。経済小説にミステリーの要素も加わり、ぐいぐいと物語の中に引き込まれていく。
書店でこの本を手にした時、タイトルの「砂の王宮」にちょっと引っかかった。日本一の小売業だったダイエーもその後、時代の流れを見誤って衰退していく。現在は他の小売業に吸収され、王国もなくなってしまった。この小説では塙太吉が83歳で亡くなるところで終わり、その後のダイエーが崩壊するのを暗示している。塙が築き上げた「王宮」も、つまり「砂上の楼閣」であった、ということだろう。
経済小説は企業の現実の動きがモデルになるケースが多く、リアルなところが興味をそそる。楡周平作品は初めてだが、ほかの作品を読みたい作家がまた一人増えた。いろんな作家と出会うのが、読書の楽しみの一つだと思う。
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