プロスポーツ選手が、自らを破滅に導く薬物になぜ手を出してしまうのか―以前から疑問に思っていた。オリンピックでも、ドーピングでメダルがはく奪される事件が後を絶たない。米プロ野球・メジャーリーグの大スターが、ドーピングで追放になる騒ぎもあった。
失踪したスポーツ医師が残した一冊のノートに、日米野球界の英雄・津久見浩生の薬物使用が記されていた。清廉潔白で知られた元スター選手のスキャンダルに日米メディアが執拗な追及をする。こんな展開で物語が始まる。かつてロスを拠点に活動していたフリーのスポーツ記者・安達康己が真相を追う。そして、巨大代理人(エージェント)企業の裏工作にたどり着く。
ヒト成長ホルモン、筋肉増強剤、興奮剤…瞬発力を高めたり、スタミナをつけたりする薬物はどこまで効果があるのか。ドーピングを続けることで生殖機能や心臓や肝臓、脳にまで障害を及ぼすといわれている。そして、薬物疑惑が明らかになると、本人のキャリアそのものが消滅するのに、危険を冒すほどの効果があるのかと聞かれ、「みんな生き残れるかクビになるかギリギリのところでプレーしている。そして、極限まで追い込まれて、選手はドーピングに手を出す」「79%ある能力が80%に達するだけかもしれないが、たった1パーセントだけでもやるのが選手だ」と答える場面がある。なぜアスリートが禁止薬物に手を出すのか、妙に納得してしまった。
まさに、過酷なプロスポーツの現場があるのだ。本書にはクリーンな日本人大リーガーが出てくる。タイトルの「英雄の条件」から、「モデルはあの人か」と聞かれたりした。だが、モデルはなさそうだ。著者は「メジャーの最高峰を目指し選手であれば、全員が同じジレンマに悩むと僕は思っています」という。
著者はスポーツ紙の記者としてプロ野球、競馬、メジャーリーグ取材に携わった経験がある。それだけに、フィクションといえ生々しく、スリリングに富んでいる。
最終章の「公聴会の証言」は、それまでの仕掛けがより効果を上げる劇的な締めくくりになっている。そのあたりは読んでのお楽しみだ。
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