タイトルの「雪冤」は、「無実の罪をすすぎ晴らすこと」という意味である。恥ずかしながら、この言葉を知らなかった。漢字を眺め、そうか「冤罪を雪(そそ)ぐ」ということだ、と納得した。
15年前、初夏の京都で残虐な事件が発生した。被害者は合唱団に所属する沢井恵美と長尾靖之。2人は刃物で刺され、恵美は百か所以上の傷があった。逮捕されたのは合唱団の指揮者、八木沼慎一。慎一は一貫して容疑を否認する。元弁護士の八木沼悦史は、死刑囚になった息子の冤罪を信じて活動をする。恵美の妹、菜摘に真犯人を名乗る男・メロスから電話がかかり、「自分は共犯で真犯人はディオニスだ」と告白する。「メロスの目的は」「ディオニスとは」…被害者家族と加害者家族の思いをからめ、死刑制度と冤罪に鋭く切り込んだ社会派ミステリーである。
死刑制度と冤罪だけでなく、合唱や文学、演劇、宗教、心理学など洞察の深さも随所にちりばめられている。ただ、少し盛りだくさんで、途中で少し読む方が混乱しそうになった。その点を除いても、どんでん返しもある衝撃の結末には、「まいりました」とうなってしまう。
作中でも触れられているが、英国では実際に冤罪で死刑になった人がいる。「エヴァンス事件」だ。この事件では、たまたま真犯人が判明して冤罪と分かり、死刑廃止へ向かうきっかけになった、という。日本でも冤罪による死刑執行がなかったのかどうか。自白偏重の時代が長かっただけに、かなりあったと推測するのが当然ではないかと思う。
日本社会には死刑制度がある。被害者感情もあり、世論調査で80%ほどの国民がこの制度を支持しているのが現実だ。ただ、作中の人物のいうことにも耳を傾けてほしい。「人が人を殺す正当な理由というものがあるのなら、まずそれを明確にし、それの基づいてのみ、死刑は存在すべきだ」と。改めて、死刑制度の是非について、国民的な議論をし続けることが必要ではないか。
この作品は、横溝正史ミステリー大賞とテレビ東京賞をダブル受賞した。当然だろう。この作品に出合えたことを感謝したい。
|