「忍法小説に魅せられたのは、いつのことだったろうか」と思い返した。たしか、司馬遼太郎の直木賞受賞作「梟の城」だったと思う。豊臣秀吉暗殺に乗り出す伊賀忍者・葛籠重蔵の活躍にすっかりとりこになった。
それ以来、夢幻の世界へいざなってくれる忍者もののファンになり、司馬遼太郎の「風神の門」はもちろん、村山知義の「忍びの者」シリーズ、山田風太郎の「忍法帳」シリーズ、池波正太郎など読み漁ったものだ。しばらく、忍法小説はご無沙汰していたが、たまたまこの文庫本を書店で見つけた。手に取ったら、あっという間に読んでしまい、面白さを改めて認識した。
時は戦国時代、伊賀の隣国の伊勢の国が織田信長に制圧され、信長の次男・
信雄軍が伊賀攻略を狙う。66人の地侍が乱立して内輪の小競り合いを続けていた伊賀は、国を守るために結束して立ち上がる。伊賀の忍び軍を率いるのは煮ても焼いても食えない首領・百地三太夫。まともに戦ってはかなわない忍びたちは、腕によりをかけた秘策を繰り出し、壮絶な戦いをいどむ。
「忍び」は通常の武士とは違う世界の生き物だ。伊賀者に人の心や情けは無用で、親子、兄弟、さらには主従すら関係ない。義理も人情もなく、人をだまし、出し抜くことを至上とする実力優先社会である。登場人物はいずれもユニークなキャラクターばかり。信長と信雄の確執などその人間模様もみどころだ。主人公は伊賀一の腕を誇る忍びの「無門」。飛びぬけた技を持つまさに天才だが、大変な怠け者で、西国からさらってきた女「お国」に頭の上がらない男というキャラクターがなんとなくおかしくて可愛いい。
奇想天外な忍びの物語だが、「天正伊賀の乱」という史実を踏まえている。ところどころで古文書の史料を入れ、フィクションと史実をうまく織り込んでいる。リアリティを感じさせる巧妙な手腕がなかなか心憎い。
融通無碍、痛快無比、超絶技巧、荒唐無稽、などの表現がはまる忍びの物語。少し人生に疲れた時は、浮世離れした忍法小説の世界に浸ることをお勧めしたい。面白すぎて、寝不足になるのが玉にキズだが…。
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