グリコ森永事件を覚えておられるだろうか。1984年から85年にかけて1年半、阪神を舞台に食品会社を標的にした一連の企業脅迫事件である。犯人が「かい人21面相」と名乗ったことから、「かい人21面相事件」とも呼ばれている。
事件を知らない人のために、事件を簡単におさらいしてみよう。1984年3月、江崎グリコ社長を誘拐して身代金を要求した事件が皮切りに、江崎グリコに対して脅迫や放火事件を起こす。その後、丸大食品、森永製菓、ハウス食品、不二家、駿河屋など次々と脅迫し、現金の引き渡しを求求める。しかし、犯人は現金引き渡し場所に現れず、犯人らしき人物が何度も目撃されながら逃げられてしまう。
企業とは別に報道機関や週刊誌に挑戦状を送り付け、毒入り菓子をばらまくなど世の中を騒ぎに巻き込み、劇場型犯罪といわれた。2000年に一連の事件が時効を迎え、完全犯罪になってしまった。キツネ目の不審者が何度も目撃され、似顔絵まで作成された。未解決事件だけに、各種陰謀説や株価操作説など様々な臆説がいまだにささやかれている。
ちょっと長くなったが、以上が事件のあらましである。当時、マスコミが連日のように大騒ぎしていた記憶が私の脳裏にも残っている。著者は「本作品はフィクションだが、モデルにしたグリコ森永事件の発生日時、犯人グループの脅迫・挑戦状の内容、その後の事件報道について、極力史実通りに再現した」と記している。
物語は犯人の子ども側の視点と、取材を進める新聞記者側の視点が同時進行で展開する。京都でテーラーを営む曽根俊也は、自宅で見つけた古いカセットテープを再生すると、幼いころの自分の声であることに気付く。それは、日本を震撼させた脅迫事件に使われた男児の声と全く同じものだった。一方、大日新聞の記者、阿久津英士も未解決事件を追い始める。戦後最大の未解決事件は「子どもを巻き込んだ事件」だった…。
著者は神戸新聞の記者をしていたことから、この事件に興味を持ち、当時の新聞の事件報道をつぶさに読んだという。そのあたりが、圧倒的なリアリティを生み出している源かもしれない。小栗旬、星野源の出演で映画化され、2020年に公開される予定だ。どんな映画になるのか興味深い。
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