新型コロナウイルスによるパンデミックで、国や自治体が「ステイホーム」を呼びかける。感染拡大防止には、人と人の接触をいかに抑えるかにかかっている。私の住む廿日市市でも毎朝、拡声器から「外出自粛要請」の声が聞こえてくる。家に籠もれば、必然的に本を読むことになる。「読書の秋」ならぬ「読書の春」である。
ここのところ、図書館で藤沢周平と池井戸潤の作品を借りてきて、一日一冊ペースで読んでいる。面白いので、ついつい夜遅くになってしまう。ただ、寝ながら老眼鏡で読むのだから、いささか疲れる。
たまには、と街の書店に出かけて、邂逅(思いがけず出会うこと)したのがこの作品だ。「山本周五郎賞と直木賞を史上初めてダブル受賞」というのが目に留まったのである。市井に生きる庶民や名もなき流れ者などを描いた時代小説が多い周五郎は、私の好きな作家の一人である。そして、マタギの話だというのも興味を覚えた。
マタギは、東北の険しい山々に住む獣を追って狩りをする漁師である。秋田の貧しい小作農に生まれた主人公の松橋富治は、14歳で初めて狩りに出る。伝統のマタギを生業にした富治だが、地主の一人娘と恋に落ち、村を追われる。鉱山で働いていたが、再びマタギとして生きることになる。
豪雪地帯の厳しい自然の中で、アオシシ(ニホンカモシカ)やクマと人間の闘いが繰り広げられる。村里にいるときは強欲で色欲に弱い人間が、ひとたび獣を追って山に入ると、山の神様への敬虔な信仰が生まれる。マタギの掟や制約、勇敢で不死身の根性、そしてクマとの死闘。クマの咆哮や体臭まで感じることができるようだ。
マタギにはとてもなれないが、厳しい自然と向き合った暮らしにはある種のあこがれを抱いてしまう。それにしても、クマに食われた足をいたわりつつ、妻の待つ家へと向かう富治の姿は、壮絶で神々しい。読み始めると、ページをめくるのがもどかしいほど、どんどん引き込まれていった。この作品に邂逅したことを喜びたい。
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