最初にお父さんが消え、次にお母さんが消え、伯母さんの家に引き取られた9歳の家内更紗。東北から上京し、ひとり暮らしをしている19歳の大学生、佐伯文。2人は児童公園で出会い、文は「うちにくる?」と声をかけた。ロリコンだが変態ではない文は、更紗を優しく見守り、奇妙な同居生活が始まる。
少女が突然行方不明になれば、世間では女児誘拐とみなされる。マスコミに報道され、警察が捜査をする。梅雨が明け夏のある日、2人はパンダを見るため動物園に出かける。そこで周りの人に怪しまれ、警察に捕まってしまう。2人の手が引き離され、「ふみー」と泣き叫ぶ更紗の映像がネットで流される。
誘拐ではなく、「文は優しかった。ちゃんとお世話をしてくれた」と更紗は訴えるが、信じてもらえない。女児誘拐の罪に問われる文は加害者、更紗は被害者と世間が2人に貼るレッテルと同情。優しさと善意は時にきついものだ、という居心地の悪い社会が浮き彫りになる。
それから15年。再会すべきではなかったかもしれない男女がもう一度出会う。「あなたと共にいることを、世界中の誰もが反対し、批判するはずだ。私を心配するからこそ、誰もが私の話に耳を傾けないだろう。それでも文、私はあなたのそばにいたい―」
他人から見れば異常な愛に映るかもしれない。誰かを好きになることは、そういうことなのかもしれないとも思う。「多様性社会を大切にする」と世間では叫ばれながら、実態は違う。善意や正義(勝手に思っている)の押し売り。自分の規範からはずれる人を誹謗中傷する残酷なネット社会。物語は新しい人間関係の旅立ちも描き、どこまでも世間と相いれない人たちに、優しいまなざしを注ぐ。
読み終わって、不思議な感情にとらわれた。どう表現していいのか分からないが、たんたんとして透明感のある筆致にぐいぐいと引き込まれた。しして、静かな感動を覚えたのだけは間違いない。そして、著者がBL(ボーイズラブ)小説を10年以上書き続けている、ということを後から知って納得した。初めての非BL小説がこの本という。
2020年の本屋大賞を受賞したのも、同年のトーハン単行本文芸書ベストセラー第1位になったのもうなづける。コロナ禍のギスギスした今こそ、この本を読んでほしいと思う。
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