ある研究員が、駅のホームから飛び込み自殺したことから物語が始まる。国立疾病管理センター職員だった。そして、現場検査を担当した鑑識係・工藤が同僚の拳銃を奪って自らを撃った。研究員を轢いてしまった電車の運転士も自殺。さらに、拳銃を奪われた警官も飛び降り自殺をした。
警察の上官が鑑識係の自殺を事件性がないと片づける中、工藤の親友の若い刑事・永瀬遼は偶然ではないとにらんで密かに捜査を続ける。4人の共通点は「突然錯乱し、場合によっては他者を傷つけ、最後に自殺する」ということ。自殺はなぜ連鎖するのか、彼らに何が起こっていたのか?
永瀬のしつような捜査が行われていた中で、大手製薬会社に「赤い砂を償え」という脅迫状が届く。この「赤い砂」とは、発症すると錯乱し、破壊的行動の果てに自殺する恐るべきウイルス感染症。それが東京で発生したという物語である。
この作品は2003年に書かれたものである。筆者が、会社勤めをしながら新人賞応募のために執筆した。もちろん新型コロナウイルスの「コ」の字も知らない時に、新しい発想で世に問うた作品だ。当時は出版社からは相手にされず、残念ながら日の目を見なかった。
それから17年たった2020年、出版社の人たちとの会合で「実は大昔、ウイルスの話を…」と筆者が口を滑らしたのがきっかけ。「すぐ読ませてほしい」ということになり、出版社に送信した。すると「年内に“緊急出版”という形で出させてください」との返信があって、いきなり文庫本で出版されることになった。
昨年から、世界中で新型コロナウイルスのパンデミックになっている。ウイルスはどんな突然変異を起こすか分からない。こんな世の中になっている今、ウイルスの危険性を「予言」したような作品が注目されたのは当然だろう。単行本で出し、何年か経って文庫本にするのが普通のパターンだが、いきなり文庫本にしたのもこんな経過があったためである。
ただ、筆者がデビュー前の作品らしく、主人公の刑事の描写などはこなれているとはいいがたい。それでも、現代を映し出している「ウイルス小説」として読む価値がある作品だ。
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