新聞小説を読まれたことがあるだろうか。私が最初に出会った新聞小説は、もう30年も前になる。日本経済新聞朝刊に連載された津本陽さんの「下天は夢か」である。織田信長の生涯を描いた歴史小説で、毎朝わくわくしながら読んだものである。
本著は2017年から18年にかけて日経に連載され、著者が「官能美の世界を描いた」ということで話題になった。日経の新聞小説でいうと、渡辺淳一さんの「失楽園」が有名だ。性描写が話題になり、後に出版されて260万部の大ベストセラーになった。
主人公の久坂隆之は53歳、大手薬品メーカー9代目で副会長。途方もない資産を与えられた大金持ちで、東京とシンガポールを行き来しながら、偏愛する古今東西の書物を読み漁る。同時に、女性たちと情事を重ね、趣味と遊びに没頭する生活をおくっている。関係を持った女性たちとは、尾を引かないスマートな遊びを徹底している。
久坂が米スタンフォード大に留学中に知り合った友人、田口靖彦は老舗製糖会社の3男で子会社の社長。留学時代にブルガリアの女性と大恋愛し、結婚したいと思ったが実家の猛反対であきらめ、日本人女性と見合い結婚した。その妻が莫大な遺産を残して急逝した。家の軛から自由になろうと、京都の芸者や中国人の美しい女性と恋愛する。
家柄にも恵まれ、使い切れないほどのカネを持つ日本の富裕層に、IT企業で稼いだ社長らの大金持ちも絡み、その生態が詳細に描かれる。一流のホテルや贅を尽くした飲食店、京都の花街…。優雅な会食と情事。浮世離れした話のようだが、「一部の富裕層はこんな生活をしているのだろうな」と想像する。
久坂が肺がんになり、田口にも告げず入院して手術室に向かうところで物語は終わる。余韻として残るのは「虚しさ」だ。有り余るほどカネがあることは、幸せとはイコールではない、ということか。もっとも、「持たない身」にとっては、うらやましさと嫉妬を覚えるだけだが…。
この作品は話題にはなったが、富裕層の生態も性描写も中途半端で生煮えの感じが否めない。残念ながら渡辺淳一さんの“二番煎じ”と言える。それでも、新聞連載中は、それなりに読者を楽しませた、ということで良しとしよう。
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