著者は文芸春秋の編集長を経て作家になり、昭和史研究の第一人者として知られる。「日本のいちばん長い日」「昭和史」などの著書がある。この本は、著者からの聞き書きの形でまとめられていて、下町口調がところどころに出てきて親しみやすい。
歴史とは、前の事実を踏まえて、後の事実が生まれてくる一筋の流れである。幕末史、日露戦争あたりから説き起こし、統帥権、戦艦大和、特攻隊、原子爆弾など11章にわたって歴史の教訓を分かりやすく語っている。「あの戦争」に至った悲劇の道程に見える一つ一つの事実は、いつ芽吹き、誰の思いで動き出はしたのか。
兵隊さんと民間人を合わせて300万人もの日本人を死に追いやったあの戦争(太平洋戦争)とは何であったのか。一部の突出した軍人だけが戦争に邁進したのではない。マスコミが鉦や太鼓を叩き、それにのせられたすべての日本人が戦争に熱狂した。日本人の精神的特質は、日露戦争に勝利した日本人の夜郎自大的な思い違いを起源としている、と説く。そして、著者は日本人の心に今もひそむ「熱狂」へ深い危惧を覚えるのだ。
太平洋戦争で戦闘員の戦死者は陸軍165万人、海軍47万人とされる。このうち、広義の餓死による死者の比率は何と70%にもなる。さらに、海軍の海没者は18万人。海没とは派遣・増援などのために乗船した輸送船が撃沈され、兵士が空しく死んだことを意味する。
戦闘ではなくて餓死や海没で死ぬ。ムダに死んでいったこういう事実をほとんどの日本人は忘れることで、戦後の民主主義をなるものが始まった。日本人はそういう民族なのである。こういった過去を単純に「自虐史観」といってすますべきではない。300万人もの同胞の犠牲の上に、戦後の平和と繁栄があることを認識すべきだ―という著者の言葉がずしりと重い。
「歴史探偵」を自称する著者は史料をじっくりと調べて、昭和史の知られざる闇を営々と探求してきた。過ちを繰り返さないためには、なぜ戦争が起きたのか、どうして負けたのか知る必要がある、と訴える。残念ながら今年1月に亡くなられた。著者の作品を国民の多くが読んでほしいと思う。
ドイツの鉄血宰相ビスマルクのこんな言葉がある。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」。
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