不思議な小説である。2つの物語が「いったいどこへ行くのやら」と思いながらら進んでいく。途中で何回か読むのを止めようかな、とも思ったほどだ。しかし、ラスト近くになって一つにまとめ上げられた。その力量には恐れ入るばかりである。
一つは、琵琶湖の高齢者介護施設「もみじ園」で、入居者である100歳の市島民男が人工呼吸器を外されて亡くなった事件。もう一つは、雑誌記者の池田立哉が血液製剤に関する汚職事件を調べていると、市島が戦時中に関東軍731部隊の軍医であったことが明らかになること。
この二つに、事件を捜査で出会った刑事の濱中圭介と、容疑者の一人である「もみじ園」の介護士・豊田佳代が絡まる。2人は圭介を主とし、佳代が隷属するいわゆるSMの関係になる。人間の執着や執念、諦観などの問題を投げかけたり、共感させられたり、と読む者は筆者に翻弄されていく。2人の倒錯した性的関係の描写は、あたかも官能小説のようでもある。
汚職事件を調査する池田は旧満州を訪ね、関東軍731部隊の人体実験について追う。市島が軍医であったことが直接関係しているわけではないが、市島の妻・松江の口から語られる話から、人体実験の残像があぶり出される。
それにしても、啓介と佳代の物語と731部隊の人体実験の物語がどう関係があるのかと、いう疑問をいだきながらラストまでいってしまった。散漫と言えば散漫な物語が、ラストで一気に収れんされ、人工呼吸器を外した犯人も暗示する終わりになっている。この小説は「湖東記念病院人工呼吸器事件」や「相模原やまゆり園の障害者殺傷事件」という現実に起きた事件が下敷きになっているようだ。
「湖」は、琵琶湖と731部隊のあったハルビンの人口湖「平房湖」を指している。季節感あふれる平房湖の美しさと早朝の琵琶湖の美しさの描写は、読む側にも鮮烈な感じをいだかせる。さすがの筆力といえる。
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