兵士に聞け 最終章
杉山隆男著(新潮文庫 550円+税)

日本は、軍部の独走で戦争に突っ走った苦い経験がある。それが、「戦後」日本に軍隊に対するアレルギーももたらし、「中学生並みの正義感」の持ち主たちや、「防衛予算は人殺しの予算」とうそぶく者たちを売るほど出現させた。この世の中、理想と現実はなかなか一緒にならないのが常だ。「非武装中立」は理想だが、現実になるとそんな国は残念ながら存立できそうにない。

日本国憲法9条には「戦争放棄」と「戦力の不保持」がうたわれている。しかし、自衛権の保持にための戦力は認められるという政府解釈により、1954年 に自衛隊が設立された。自衛隊の生みの親である宰相・吉田茂は防衛大一期生に「君たちが『日陰者』である時の方が国民や日本は幸せなのだ」という言葉を発している。

外国からは「軍隊」とみられているのに、いまだに日本では「自衛隊は軍隊ではない」という詭弁がまかり通っている。著者は、陸海空合わせて25万人もの武装集団である自衛隊の実情が見えないことへの苛立ちもあって、1992年から取材を始めた。「兵士に聞け」シリーズ初刊の24年前に比べ、自衛隊の好感度や認知度は著しく上昇した。しかし、それは災害派遣への感謝と期待によるもので国防への国民の無理解は続いていることを忘れてはならない。

著者は、レンジャー訓練をはじめ、空自のF-15やP-3Cに試乗、海自の潜水艦に乗り込んで取材した。話を聞いた自衛隊員は千人を超える。「神は細部に宿り給う」という。著者は「細部」にこだわり、兵士の日常や会話の合間に立ちのぼる「匂い」の採集を積み上げ、巨大組織の輪郭に迫ろうと試みた。

今回は、緊迫する最前線を取材し、レポートしている。自衛隊沖縄基地の戦闘機F-15パイロットは、頻発する中国の領空侵犯にスクランブル発信を繰り返す。哨戒機P-3Cは常態化する領海侵犯に24時間態勢で哨戒活動を行っている。2014年に噴火した御嶽山の災害出動では、過酷な現場でそれぞれ己の任務を着実に実行していた。

兵士シリーズ取材の最初のころは、「秘」の塊の潜水艦で訓練航海に同行しても、誰も同席せず隊員と一対一の差し向かいで話が聞けた。ところが、今回の最終章ではインタビューには広報が立ち会い、お目付け役がついて回り、家族の話も聞けなかった。自衛隊の変質は、在日米軍と自衛隊の基地の「共同化」進行によって「保秘」が極端に増したことによる。それによって、「等身大の彼らから洩れてくるささやきやつぶやきを拾い集めることが困難になった」という著者の忸怩たる思いが伝わってくる。それが「最終章」になる理由だ。

日本政府は、「日米同盟の深化」とか、「日米一体化」という言葉をよく使う。著者は「アメリカから見れば自衛隊が国民の間でいつまでも右や左に揺れ続け、曖昧なまま何かと都合のいい存在でいてくれた方が使い勝手がいいのだろう。弱くないけれども強くなりすぎず、金払いはいいが一人前という頼りないくらい自信のない存在が」と喝破する。

兵士シリーズは、これまで読んだことがなく、この最終章が初めてだった。自衛隊の一断面を垣間見ることができ、国防や安全保障について考えさせられた。このシリーズを最初からすべて読むことを約束して、著者・杉山隆男氏への称賛に代えたい。

【ジャーナリスト 枡田勲 2019/11/11】