ノルウェイの森
村上春樹著(講談社文庫 605円+税)

何度も読み返した本が、何冊あるだろうか。人それぞれ本の読み方があるので一概には言えないが、私の場合はそんなに多くない。その少ない例の一つが、高橋和巳の「邪宗門」だ。15年単位で3度読み返し、そのたびに新たな感動があった。年を重ねると、物の見方、感じ方の変化、新たな発見などがある。それが、読書の面白さ、奥の深さだと思う。

「ノルウェイの森」は、20年ほど前に読んだ。それから本棚でほこりをかぶったままになっていた。ひょんなことから、もう一度読んでみようという気になった。内容はかすかに覚えているが、読み始めるとほとんど初めての感じだった。

「暗く重たい雨雲をくぐり抜け、飛行機がハンブルグ空港に着陸すると、天井のスピーカーから小さな音でビートルズに『ノルウェイの森』が流れ出した。僕は1969年、もうすぐ20歳になろうとする秋のできごとを思い出し、激しく混乱していた」――こんなプロローグが背表紙にあった。1969年に20歳といえば、著者が早稲田大学生の時代で、自伝的な作品のようにも思える。自殺した親友スズキ、その恋人の直子、同級生の緑。等身大の人物を通して、死、性、人生、運命、感動と哀しみ、喪失と再生を描く。

上下2巻をあっという間に読んだ。私も著者と同じ大学での4年間過ごした。3畳一間のボロアパートでバイトに明け暮れた貧乏生活。当時の喪失感、先の見えない不安感は今でも時折、夢に見ることがあるのだ。そして、この作品が私の全身にしみこんできた。村上春樹といえば、毎年ノーベル文学賞候補に名前が挙がる、今を時めく人気作家だ。彼の作品の中でも、全世界で1000万部以上も読まれている記念碑的な存在である。

しかし、私は村上作品を「どこがいいの。自分にはしっくりこない」と長い間、意識的に避けてきた。「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」「ねじまき鳥のクロニクル」「海辺のカフカ」など買ってはみたが、本棚に積読のまま。今回、ノルウェイの森を読み返して、平易で親しみやすく、リズムのある文章が心地よかった。チャンドラーの「ロング・グッドバイ」が、影響を受けた3冊のうちの一つ、というのも気に入った。へそ曲がりだったことを反省し、積読の村上作品を紐解くことにワクワクしている。

【ジャーナリスト 枡田勲 2018/12/3】