それまでの明日
原ォ著(早川書房 1800円+税)

ハードボイルド小説のファンである。どこがいいのか? と聞かれても、うまく答えられない。そこで、少し調べた。ハードボイルドのヒーローは「誰の助けも借りずに、己の名誉を賭けた掟を守って、タフに生きていく。都市に棲息する独身者として、日常生活の細部には徹底してこだわる。現実主義者で皮肉屋でありながら、捜査対象にはしばしば感情に巻き込まれ、時には犯罪捜査のみならず、判断や処刑を下す役を買って出ることもある」―とコトバンクの知恵蔵に出ていた。

この解説に、そこに魅かれているのだと納得した。徹底してぜい肉をそぎ落とした「乾いた文体」と、暴力的、反道徳的な内容を、批判を加えず客観的で簡潔な描写で記述する手法が特徴である。ハードボイルド小説に目覚めたのは、レイモンド・チャンドラーの作品を読んでから。私立探偵のフィリップ・マーロウが主人公の小説にしびれたのである。

生島治郎、北方謙三、大沢在昌、藤原伊織、といえば私が愛読しているハードボイルドを得意とする作家たちだ。その中の1人、原ォが“チャンドラーの文体を日本語に移植してきた” 作家だと今回初めて知った。ハードボイルド好きの私としては恥ずかしいが、この小説を読んだ時、主人公の会話に既視感があった。それが、フィリップ・マーロウのセリフだった。

渡辺探偵事務所の沢崎のもとを、望月皓一と名乗る紳士が訪れる。消費者金融の支店長を務める彼は、融資が内定している料亭の女将の身辺調査を依頼。沢崎は金融絡みの事件に巻き込まれる――という筋立てだ。たんたんと進む物語に、途中いささか中だるみを覚えたが、軽妙で機知にとんだ会話、キレのいい文章は文句なく楽しめた。「このミステリーがすごい」で第1位になるなど、評価が高いのもうなずける。

私立探偵・沢崎シリーズは、第1作の「そして夜は甦る」から「私が殺した少女」「天使たちの探偵」「さらば長き眠り」「愚か者死すべし」に続く第6作目。2作目が直木賞を受賞している。小説としてはこのシリーズだけという寡作の著者。そして、14年ぶりの沢崎シリーズである。1作目から読んでいたら、また違った感慨があったのかもしれない。遅ればせながらデビュー作からさかのぼって読んでみたいと思う。

【ジャーナリスト 枡田勲 2019/1/17】