傍聴者
折原一著(文芸春秋・1750円+税)

「木嶋香苗」を覚えているだろうか。2007年から09年にかけて発生した連続不審死事件の被告で、「婚活連続殺人事件」とも呼ばれる。香苗とつきあっていた6人の男が死亡した。大金を貢いだ挙句、自殺とみせかけて練炭で次々と殺されたとみられる事件である。決定的な証拠はなかったが、状況証拠の積み重ねから起訴され、2017年に死刑判決が確定した。

死刑囚の香苗は現在46歳。事件当時は30代半ばだった。写真やテレビの画面で見ただけだが、容姿は小太りでお世辞にも美人とはいえない。ところが法廷で香苗は「ベッドテクニックではなくて、自分は生まれつき女性機能が優れている」と、いわゆる「名器」という発言をしている。鈴を鳴らしたような声、料理上手、癒し系の「女子力」で男たちを虜にしていった過程が、裁判であからさまになるのも珍しかった。

この作品は木嶋香苗事件をモデルにした、ちょっと変わった法廷ミステリーになっている。被告人の牧村花音が裁判を受けるシーン、ノンフィクションライターの池尻淳之介が被告人を追うシーン、その裁判を傍聴する4人の会話シーンが織りなしながら物語が展開していく。状況証拠しかないこともあって、花音が自信満々に男女関係を赤裸々に明らかにする「花音劇場」の裁判シーンは、まさに「木嶋香苗劇場」と重なる。

裁判を傍聴を愛好する4人の女性は「毒っ子倶楽部」を発足させ、喫茶店で語り合う。発起人の「野間佳世」は50歳、28歳の「ミルク」、53歳の「お良」、30歳前後の「リリー」はいずれも仮名だ。この4人のメンバーが気にはなっていたが、最後にどんでん返しの主役級になるのである。

被告人を調査して事件を追う池尻淳之介は、「ミイラ取りがミイラ」になって花音に溺れる。下半身に翻弄される淳之介はいささか滑稽だが、殺されてしまうのは想定外だった。それにしても、「花音の観音様ご開帳」には笑ってしまう。

この著者は、私にとって初読みの作家である。冤罪者、失踪者など「〜者」シリーズが有名という。木嶋香苗事件をモデルにしているとはいえ、物語は実際の事件とは違う結末になる。その着想がなかなか面白かった。それにしても女性の魅力は容姿だけではないと、改めて認識させてくれる。

【ジャーナリスト 枡田勲 2021/9/22】