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株式会社 廣文館
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コラム・ブックレビュー
広島在住のコラムニストによる “社会時評”コーナー! 月1回のペースで「読むことの楽しさ」をお届けします。

7年遅れ(3)
 3年半、自分の部屋に引きこもった息子が、外部の世界で唯一、心がなごむ場所が教会だった、と前回書いた。はいはいするころから教会の会堂が遊び場だった。牧師は「教会に連なっている限り大丈夫」と、きっぱり言い切っていた。その言葉にどれだけ慰められたことだろうか。

 それでも、親としては「何とか学校に行けるようにならないか」と、子どもの将来を考えてしまう。そうした時に、出張した東京で「登校拒否を考える各地の会ネットワーク」代表の奥地圭子さんの話を聞く機会があった。目から鱗(うろこ)が落ちる、とはこういうことだろうか。

「学校に行くことがすべてではない。いろんな生き方があることを、まず親が認めなさい」
 一昔、「登校拒否になったら、心を鬼にしても親は学校に出すように、そうでないとズルズルと行かなくなる」という登校強制を、学校、教育委員会、相談所、病院まで一般に行っていた。教師からカウンセラー、親まで「このまま登校拒否したら、進学できない」「就職できない」「結婚できない」「生きていけない」と、圧力をかけていた。圧力をかければ奮起すると、思ったりした。子どもは大変なプレッシャーである。自己存在を消したいぐらいの劣等感、果ては家庭内暴力、拒食、自傷行為、自殺まで追い込まれる子どももいた。登校拒否を恥として、子どもを隠す親もいた。登校拒否の子を持つ身だった奥地さんの言葉だけに、説得力があった。
いろんな生き方があることを認めよう。「腹をくくろう」。妻と一緒にそう言い聞かせた。なんだか少し気が軽くなった。閉じこもりといっても、教会へは出かけることができる。家族と食事も一緒にするし、妻が仕事で忙しいと、台所の洗い物もしてくれる。そんなに悲観することはない、とできるだけいい所を見つけることにした。

 親が腹をくくったのを、敏感な息子はすぐ感じ取ったようだ。変化の兆しが見え始めた。映画の話、スポーツの話など、親子の会話が少しずつ増えた。息子に長い手紙も書いた。高校時代に挫折しかかったこと、大学時代の貧乏生活など、私の苦い青春を素直につづった。手紙の感想は聞かなかったが、その後の息子の態度から、それなりに受け止めてくれたのではないかと思う。

 三年半の引きこもりから抜け出すきっかけが、突然訪れた。牧師の勧めで、ブラジル・アルゼンチンの集会に息子が出かけることになった。「清水の舞台から飛び降りる」ような気持ちだったろう。それでも、とにかく動き出した。パスポートの手続きを、息子に任せた。おろおろしながらも、一人でパスポートを取得した。そして、初めての海外旅行に出かけた。

 ブラジルから帰ってきた息子の顔から、「堅い殻」を破って出ようとしている意志を感じた。それから間もなく、息子は教会の近くでアパートを借り、一人住まいを始めたのである。
【午睡/2002.07.01】


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