その会場で、黒沢明監督の映画「まあだだよ」を思い出した。
「まあだだよ」は、作家・内田百がモデル。学校を離れて文筆業をしている廃業教師役を松村達雄が好演していた。井川比佐志、所ジョージ、寺尾聰たちが演ずるかつての生徒、今は中年連中がその老教師を慕って、誕生日会に集まってくる。子どもたちの遊び「かくれんぼ」のセリフそのままに、「もういいかい(死んだかい)」「まあだだよ」とこたえる百先生。教師と教え子たちの温かい「愛」を、ほのぼのと描いた作品である。
その会場とは、広島市内のホテル。大学教授の還暦祝いに、教え子が全国から百人も駆けつけた。昭和49年卒から現在の学生まで、いずれも「○○塾門下生」という形で、祝いの宴を開いた。
還暦だからまだ60歳の現役教授である。「まあだだよ」の老教師と比べて、まだまだ脂ぎっている。門下生も若い。応援部や野球部の体育会系の門下生が多く、「フレー、フレー」と応援団の声が壇上に響き渡る一幕も。映画の場面とは違うが、門下生が教師を慕う心は共通しているように感じた。門下生から、学生と一緒に大酒を飲んで破目を外した教師の思い出話が次々と語られる。「生徒の出来が悪いので、学問の代わりに人間教育をしてくださいました」と笑わせる。乱暴な言葉が出るのだが、それが何ともほほえましいのである。
2時間があっという間に過ぎた。その後も、ホテルに泊まって2次会、3次会が繰り広げられた。心が温かくなる、さわやかな宴会。教師冥利につきる宴といえる。殺伐たる事件や、対イラク戦争に危ぐするカオスの時代、暗たんたる気持ちになることが多い日々。久しぶりに「人間っていいものだ」と思わせてくれた。
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