恐れていたことが現実になった。
イラクで奥克彦・在英大使館参事官(45)と井ノ上正盛・在イラク3等書記官(30)が、殺害されたことである。悲しみの対面をするために、クウェートに向かう遺族のなかに、井ノ上書記官の妻幸乃さん(30)がいた。お腹(なか)の大きい体で、黒い帽子を目深にかぶり、うつむいて歩きながら、長男の鼓太郎ちゃん(2)の手を握りしめていた。その姿に言葉を失った。
奥参事官は外務省のホームページに「イラク便り」を掲載していた。「犠牲になった尊い命から汲み取るべきは、テロとの闘いに屈しないという強い決意では」と書いている。テレビで放映された奥さんと井ノ上さんのイラクでの真摯な仕事ぶりは、とかく評判が悪かった外務官僚のイメージを変えるほどだ。
奥さんの「テロに屈しない」という強い意思には感銘する。だが、どうも妙な方向になりつつある。小泉首相は、イラクへの自衛隊派遣の方針は変わらないとし、「ひるまない」と強調する。ここでひるんでは、これまでの彼の行動がムダになる、というのである。 この事件で、自衛隊派遣を危ぶむ声が強くなる一方で、「彼の遺志」という形で、「何がなんでも派遣を」の声も大きくなっている。
自衛隊を派遣したら、日本が標的になることは間違いないだろう。なにしろ、米国のイラク攻撃に対して、いち早く支持したのが小泉さんである。日米関係が大事なのは認める。だが、日本はこれまで中東諸国とは友好な関係を保ってきた。小泉さんが日米同盟に寄りすぎた事で、これまで積み上げてきたものが「元の木阿弥」になってしまった。
今のイラクは、テロというより「レジスタンス」の様相がを呈している。米軍が占領政策を続ける限り、イラク人の抵抗は収まらないだろう。自衛隊を派遣して犠牲者が出れば、来年夏の参院選で小泉政権が崩壊することもあり得る。「ひるむな」と言うのはたやすいが、極めて難しい局面にさしかかっている。
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