ガリラヤ湖畔から、バスでエルサレムのホテルに向かった。その日は4月2日。ちょうど日没から「過越の祭り」が行われる日だった。
ユ ダヤ人を知るには、この祝日を理解することから始めるのが近道と言われる。旧約聖書の出エジプト記に、イスラエルの民が奴隷となっていたエジプトからモー セに率いられて脱出する様が記されている。その苦難を記憶し、神に感謝する祭りだ。原語で「ペサハ」、別名「種なしパンの祭り」と呼ばれる。ユダヤ教の中 でも最も重要な祭りである。
世界のユダヤ教徒がこの日、エルサレムに帰省して祭りを祝う。街中に黒い服、黒い 帽子をかぶったユダヤ教徒があふれる。それだけにホテルを確保することだけでも難しい。だが、幸いにもホテルに泊まれることになり、広島からの巡礼一行は その夜、ホテルでの伝統的な形式にのっとった晩餐に同席することができた。感謝である。
食事の前に長い儀式が あった。出エジプトの意味を伝承していく重要な儀式という。空腹をおぼえたころ、やっと終わって食事になった。子羊のロースト、苦い野菜と酵母のはいって いないパンを添えていただく。パン種はどんどん膨らむことから、高慢や偽善の象徴とされる。それで過越の祭り期間は、ホテルでも種なしパンが出るのであ る。
晩餐がたけなわになってくると、ワインを飲んでみんなが輪になって踊り出した。「広島からの一行」をユダヤ教徒たちは歓迎してくれ、我々も一緒になって踊った。
ど このホテルでも祝いの宴が開かれていた。もちろん、各家庭でも同じような形で晩餐が行われ、イスラエルの歴史や神のみわざを子々孫々に伝えてきている。 2000年も伝統の祭りを続けるユダヤ民族をすごいと思った。ただ、一方で儀式も形骸化が少しずつ進んでいるような印象も受けた。
翌日から、イエス・キリストの足跡をたどって、エルサレムの石畳の街を歩いて回った。それは、聖書の世界にそのまま迷い込んだような、何ともいえない不思議な体験を味わうことになる。 |