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株式会社 廣文館
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コラム・ブックレビュー
広島在住のコラムニストによる “社会時評”コーナー! 月1回のペースで「読むことの楽しさ」をお届けします。

ハクモクレン

 広島地方でもサクラの開花宣言が出た。間もなく満開になる。うららかな春の日に、薄いピンク色に染まった桜の木の下で、ぼんやりとした時間をすごす。これこそ至福のひとときとである。

サクラより一足先に咲くのがハクモクレン。以前にもこの欄で書いた記憶があるが、私はハクモクレンの白い花びらが青春の日々と重なる。郷里は瀬戸内海の小さな島。隣の庭に、大きなハクモクレンの古木があった。3月の終わり頃になると、葉のない枝に15センチほどの花がたわわに咲き誇る。その花を見ながら、東京の大学へ旅立った春の日が、きのうのことのようによみがえる。

大学を卒業してから、郷里には時折帰るだけである。モクレンの花をみるたびに、古里との別れを思い出す。結婚して長男が生まれたときに、思い立って買った記念樹がモクレンだった。

転勤族とあって、東京勤務の際に郷里の妻の実家に植えてもらい、今もそこに根を生やしている。息子の歳と同じだから、30歳を超えた。3月25日、久し振りに郷里の島に帰り、モクレンを見に行った。太い幹をした枝に大きな花が付いていた。昨年末、息子は東京に旅立った。モクレンの花咲くころは、私にとって別れの季節でもある。

ただ、このモクレンは咲き終わると、黒ずんでいささか無残である。その点、サクラの花は散り際が最高だ。花見にはいつも井伏鱒二さんの翻訳詩を思い浮かべる。
「コノサカヅキヲ受ケテクレ  ドウゾナミナミツガシテオクレ  ハナニアラシノタトエモアルゾ  『サヨナラ』ダケガ人生ダ」

多くの人と出会い、多くの人と別れた。初恋の人との別れ、友人、肉親、古里との別れ…。はらはらと散る花びらを見上げながら、しみじみと杯を重ねる。この宴があと何回できるのだろうか、と思うと、花がいとおしい。
【午睡/2008.3.28】


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