尊敬する作家、井上ひさしさんの死去には衝撃を受けた。肺がん、とは聞いていた。しかし、突然の知らせだった。
廣文館のブックレビューに井上ひさしさんの著書「ふふふふ」を取り上げたばかりだった。その最後に「右傾化する世の中に警鐘を鳴らし続けて下さい」と書いた。井上さんの言葉に力づけられた人は多かったのではないか。
幼いころの戦争体験から反戦、反核や憲法擁護に強い思いを抱いて発言をしてきた。大江健三郎さんらと「九条の会」を結成。憲法9条を改正しようという動きに真っ向から反対していた。広島の原爆を題材に戯曲「父と暮せば」「紙屋町さくらホテル」などを発表。「被爆者の思いにこたえたい」と語っていたという。井上戯曲には、深刻な話でも笑いを忘れなかった。笑い飛ばさないと生きていけない庶民の思いを、軽妙な言葉の言い回しで描いてきた。
キナ臭くなっていく世の中で、その存在は大きかった。75歳。まだまだ早すぎる。残念でならない。
井上さんがいつも色紙にかく言葉がある。
「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに書くこと」
この「やさしい」いい回しには、奥の深い真実が隠されている。難しいことをやさしく書くことが、いかに難しいことか。難しいことを難しく書く方が、はるかに簡単なのである。やさしいことを深く、深いことを面白く書くことは、さらに難しくなる。
文章を書く身としては、あらためてこの言葉をかみしめたい。
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