「けいはんりん」という言葉を聞いてピンとくるだろうか。漢字の「渓畔林」になると、イメージがわいてくる。渓は「谷川」、畔は「ほとり」という意味である。
東日本大震災のあった2011年は、記録と記憶に残る大変な年だった。明けて2012年、いいニュースが入ってきた。広島県が廿日市市吉和の「細見谷渓畔林」を貫く幹線林道の建設を断念するというのである。
旧吉和村の奥深い細見谷は、西中国山地でも希少な渓畔林が残っている。渓流沿いにサルグルミ、トチノキ、ミズナラなどがうっそうと茂る。ツキノワグマが生息し、クマタカも営巣する。渓畔林は、海辺の干潟と同じようにさまざまな生き物が暮らし、水を浄化して豊かな生態系を維持する働きをしている。私たちの命の源泉とも言える。夏に訪れて清流に足を浸し、小鳥のさえずりに耳を傾けながらしばし時を忘れた。
1989年に着工した林道建設事業は、渓畔林が破壊されるという反対派と、推進派との間で揺れ動いてきた。「林業の活性化のほかに、観光道路、村の特産であるワサビ栽培農家も便利になる」というのが廿日市市側の説明だった。だが、ここにきて厳しい財政状況から未完のまま中止することになった。
「財政難もたまにはいいことがある」と、今回の建設断念を歓迎したい。アスファルト舗装をやめて現状の林道を補修すれば、歩いて自然観察や散策ルートとしてはるかに利用価値が高いと思う。一度失った自然は、なかなか取り戻せない。自然破壊を繰り返している人間は、もっと謙虚さが必要である。埋め立て架橋計画で揺れている福山市の鞆の浦についても、同じことがいえるのではないか。
渓畔林を残すことは、次の世代へのすてきなプレゼントになった。これからは関係者が「珠玉の自然」を上手に活用していきたい。
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