「ルー、ルル、ルー…」。透き通った声のスキャットが流れると、青春の日々がよみがえってくる。1969年、昭和で言えば44年。大学4年生だった。東京新宿区、3畳1間の狭い下宿屋の一室で、毎晩ラジオの深夜放送を聞いていた。そのオープニングテーマとして流れていたのがこのスキャットである。
由紀さおりさんの「夜明けのスキャット」がヒットした1969年は、日本が高度経済成長を始める時期だった。バイトに追われながらも、キャンパスで学問の切れ端をかじり、友人と酒を飲み、麻雀をし、議論を交わした。これからの人生に対する漠然とした不安と希望、初恋とほろ苦い別れ。夜明けのスキャットは、その青春をよみがえらせるスイッチみたいだ。
この「夜明けのスキャット」が40数年たって突然、再ヒットするのだから世の中は面白い。アメリカのミュージシャンがこの曲をたまたま聞いて感動し、由紀さんにアルバム作りを持ちかけたのがきっかけという。アルバムのタイトルはこの曲がヒットした年にちなんで「1969」と付けられた。
当時ヒットした「ブルーライト横浜」などの曲もカバーしたアルバムは世界でヒット。由紀さんは米国や英国でコンサートも開き、熱烈に歓迎された。このヒットを一番驚いているのが由紀さん本人のようだ。日本語で歌っている曲ばかりだが、音楽は国境を越える。歌詞があまり登場せず、スキャットで歌われる「夜明けのスキャット」は、癒しの歌といえるだろう。
人生は「青春」「朱夏」「白秋」「玄冬」に分けられる。色でいえば、青から始まり、玄(黒)で終わる。わが人生を振り返ると、白から黒の時代に踏み入れた。青の時代の「夜明けのスキャット」を聞きながら、フランス通の友人が好んで使っていた言葉を思い出す。「セ ラ ヴィ(それが人生だ)」 |