前回に続いて訃報のコラムである。作家の渡辺淳一さんが、4月30日、前立腺がんのため東京都内の自宅で亡くなった。80歳だった。
渡辺さんの紹介には、「愛を掘り下げ、性を突き詰めた恋愛小説作家」という言葉がよく使われる。その作品の中でも250万部を超える大ベストセラーになった「失楽園」は、流行語にもなった。日経新聞の最終面に連載されて話題になり、部数が増えたという伝説もある。
「化粧」「ひとひらの雪」「化身」といった恋愛小説、野口英世の人生を描いた「遠き落日」、松井須磨子をモデルにした「女優」などの伝記作品を愛読した。ただ、最初に出会った渡辺作品は、40数年前に読んだ「ダブルハート」だった。札幌医科大学の和田寿郎教授による日本で最初の心臓移植手術事件がモチーフになっている。渡辺さんは当時、札幌医科大の講師だった。医師の経験を生かした医療小説も多く著している。失楽園の結末も、やっぱり医師だと感じた。
何年か前、札幌に行くことがあった。たまたま泊まったホテルの近くを散歩していたら、渡辺淳一文学館があった。粋な作家にふさわしい安藤忠雄氏の設計した瀟洒な建物。館内を散策し、お茶を飲みながら「渡辺文学ワールド」に、しばし浸った記憶がある。
最近では、週刊誌に連載していた渡辺さんのエッセーを楽しみにしていた。医学的知識に裏打ちされた話、恋愛や生き方を指南する話など、一味違っていた。流行語になった「鈍感力」はエッセーの中から生まれている。故人を偲んで、本棚にある小説をひも解いてみたい。
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