もう40年近く前になる。建築家で広島大学総合科学部教授だった津端修一さんにインタビューしたことがある。こちらが取材しているのに、津端さんはメモ帳を出してメモをし始めた。まるで、私の方が取材されているみたいだった。「変わったひとだなー」というのがその時の印象である。
そして、たまたま友人との会食中に津端さんの名前を聞いた。広島市の横川シネマで上映されているドキュメンタリー映画「人生フルーツ」が、津端さん夫婦を描いた作品だというのだ。早速、妻と一緒に映画館へ出かけた。朝9時からの上映時間というのに、70席ほどの小さな映画館は満席。年配の人たちが口コミで知り、遠くからも見に来ているようだった。人気を呼んで、再上映になっているという。
愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウンの一隅、雑木林に囲まれた一軒の平屋。津端修一さんと妻・英子さんは70種類の野菜と50種類の果実を作りながら、自給自足の暮らしをしている。そんな老夫婦の姿を淡々と追った作品だ。かつて、修一さんは日本住宅公団のエースとして高度成長時代の都市計画に携わってきた。高蔵寺ニュータウンは風の通り道となる雑木林を残し、自然との共生を目指した。ところが、時代はそれを許さず、理想とは程遠い無機質な大規模団地になった。そこで、自ら手掛けた高蔵寺ニュータウンに土地を求め、そこで暮らしながら雑木林を育ててきたのだ。
全てのものが、ものすごいスピードで消費されていく時代。土を耕し、種をまき、育て、収穫し、調理して食べる―津端夫妻の「ときをためて、ゆっくり」と生きていく暮らしのなんと豊かなことか。修一さんは、2年間の撮影中(2015年6月)に、草むしりをした後のお昼寝中に逝った。90歳。映像にも映し出された死に顔は、安らかでとてもきれいだった。
風が吹けば、枯れ葉が落ちる。
枯れ葉が落ちれば、土が肥える。
土が肥えれば、果実が実る。
こつこつ、ゆっくり。
人生、フルーツ。
作品中に4回繰り返される樹木希林さんの声が、胸にしみてきた。とても真似はできそうにないが、「人生フルーツ」のような老後の生活に、憧れる。
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